わが国では、変動相場制での経済政策は圏内政策のために利用きれるべきであり、財政政策を対外収支の是正に利用しても構造的な経常黒字の縮小につながらないという議論もある。
九三一年以降の日米包括経済協議において、わが国政府が、米国政府との交渉で、-Sバランス論の立場に立脚しながらも、経常黒字が基本的に民聞の貯蓄・投資決定の結果であり、政府が経常黒字の削減目標を約束することができないと主張したのは、前記のような背景によると思われる。
標準的な均衡為替レートとISバランス論は、変動相場制以降、特に資本の国際移動が自由化された一九八〇年代以降の日本経済の対外経済関係を説明する有力な議論であるこれらの議論が常に適用可能かどうかについては疑問なしとしない。
わが国は八〇年代以降持続的な経常黒字を続けており、それが、政治的な理由も介在してはいるが、慢性的な対外経済摩擦の原因となっている。
こうした状態は果たしてISバランス論だけで理解できるであろうか。
現行の為替レート(九四年七月時点で一ドル九八円)が多くの企業の採算レートと大きくかけ離れている点からみても再検討が必要であろう。
我々は、これまでの標準的な理論の再検討を、その理論の前提条件を再考することから始めていこうと思う。
例えば、代表的な均衡為替レート理論では、貿易可能な財を生産する企業は、完全競争的な国際市場に直面しており、製品差別化はほとんど存在しないと考えている。
また、ISバランス論が成立する世界は、需要側の項目として設備投資が考えられているが、資本蓄積によって供給能力が増加していく過程を捨象している。
我々はまず、こうした前提条件が、最近の日本経済の状況を適切に描写しているかどうかを検討した後で、代替的な分析枠組を提示する。
その上でもう一度、日本経済に関するデータを利用して実証分析をおこない、我々の議論をチェックする作業をおこなう。
日本経済の対外関係を説明する経済学からの標準的な解釈に対して、代替的な考え方を提示するだけではない。
我々は、八〇年代以降の日本の景気循環に関して述べられてきた「通説」に対しても、開放経済学的な考え方を導入することによって、新たな解釈ができることを示そうと思う。
均衡為替レー卜の議論にしたがえば、もし貿易財の国際市場でほぼ一物一価が成立しているとすれば、実質実効為替レートの系列は安定的な経路をたどるはずである。
ここでは、まず製造業の実質実効為替レートの系列を計算し、その系列が安定的に推移してきたかどうかを検討する。
一国のマクロ的な実質実効為替レートは、IMFによって数種類の系列が公表されている。
実質実効為替レートの変動が小さければ財の同質性が強く、逆の場合は、その産業において製品差別化された多様な財が存在していると解釈できるのである。
繊維、パルプ・紙、化学、非鉄金属といった素材型産業では、実質実効為替レートの変動が小さく、食料品、一般機械、輸送機械といった加工型産業では、実質実効為替レートの変動が大きい我々が計測した実質実効為替レートの系列が、財の特性をある程度反映していることを示していると同時に、貿易財について国際的に一物一価が成立するという考え方が必ずしも十分なものでないことを示唆している。
もちろん我々の計測期間である一九八〇年代は、前半に実勢からかけ離れたドル高という意味で「為替レートのミス・アラインメント」が生じていた時期でもある。
この点については十分留意しなくてはならないが、他の産業に比べ財の特質を工夫しやすくかつわが国の輸出の大半を占める機械産業で、実質実効為替レートの変動が大きいということは、為替レートの中・長期的な動向を判断する上で重要な問題を含んでいると思われる。
それでは、前記のような実質実効為替レートで示される各産業の国際的な価格競争力はどのような要因によって変動するのであろうか。
ここでは、製品が差別化されているとの前提で、国際的に競争している企業の生産関数が、コブHダグラス型であると仮定することにより、実質実効為替レート変動が、各生産要素価格の変動に分解できることを示す。
いま自国企業は、貿易が可能で差別化しやすい財を生産しているとする。
工程や歩留りの改善によって、コストや原材料投入が抑えられる結果、製品価格の低下が実現されるような種類の技術進歩である。
日本と西ドイツとの技術進歩率格差を一九八〇年代全体、八〇年代前半、八〇年代後半の三つに分けて記載している。
これをみるとわが国製造業は、八〇年代をとおして、米国、西ドイツに対し年率前半はアメリカとの技術格差が大きくなり、後半は西ドイツとの技術格差が広がっている。
すでにみたように技術進歩率が相対的に高い国では、価格競争力が優位にはたらく。
わが国の場合賃金比でみたコスト競争力は、八〇年代をとおしてはるかに不利にはたらいたと考えられるため、技術進歩が外国を上回っていたことは、製品面での価格競争力の不利化を緩和する役割を果たしていたといえよう。
興味深いことは、八〇年代の後半には製造業全体の技術進歩率は、縮小の方向へと向かっている。
特に日本と米国との間では年率〇・五%で米国の技術進歩率が日本を上回っている。
この理由は、後に産業別の分析で触れるように素材型業種で技術競争力格差が縮小または逆転していることによる。
九〇年代に入って大型不況が長期化するとともに日本産業の国際競争力の低下が問題視されるようになったが、製造業全体の技術格差は八〇年代後半から縮小し始めていた。
日本の製造業が海外諸国に対して技術的な格差を広げる原動力になっているのが、機械系産業であることがみてとれる。
この点は、一九七〇年代から八〇年代にかけての日本の技術革新が、電気機械などの機械系産業を中心に評価されている点と整合的である。
我々の推計では、食料品、パルプ・紙など一部の非機械系産業については、八〇年代をとおして、わが国と海外諸国の技術格差が縮小しているか、または技術的に差をつけられているという結果を得ている。
ただ、これらの産業は、機械系産業に比して産業全体の貿易比率が小さいこともあって、その技術レベルの比較については十分な研究の蓄積があるとはいえず、今後より詳細な検討が必要であろう。
八〇年代を前半と後半に分けた分析で注意すべき点は、機械系産業で八〇年代後半の技術進歩率格差が前半の技術進歩率格差を下回っていることである。
この原因としては、八〇年代後半から活発化したわが国の機械系産業の海外直接投資が、海外で生産性の上昇をもたらし、日本と海外との技術進歩率の拡大を抑制している、海外企業も日本企業が有する生産効率の良い部分を取り入れ始めたことによる、と考えられる。
製造業全体の技術進歩率を比較する部分でも述べたが、こうした各産業の国際競争力の低下は、九三年の円高以降再び問題となっている。
特にこれまでわが国輸出の主役であった機械産業で国際競争力の低下が議論されるようになった背景の遠因は、八〇年代後半からの技術進歩率格差の拡大テンポが鈍ったことにも求められよう。
また素材型産業の国際競争力の低下も、これまでは、主に一九八〇年代の実質実効為替レートの動向を産業別の計測結果を通じて検討してきた。
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